治療について
せきが出る前の「カタル期」に抗菌薬を投与すれば、咳を出すことなく治癒に導けるが、「カタル期」に患者さんが医療機関を訪れることはまずなく、咳が出始めてから来院する症例が圧倒的に多い。
百日咳の場合、「せき」が始まってしまうと西洋薬のせき止め(気管支拡張薬、去痰剤、中枢性鎮咳薬など)や、喘息に用いられる吸入薬を用いても咳を止めることは不可能である。アメリカでは百日咳と診断されると抗菌薬のみ処方し、「3か月経過したらせきは止まるので、病院に来る必要はもうありません。」と言われるそうだ。
しかしながら、漢方薬を用いれば、3日以内に咳を3分の1に減らし、1週間程度で咳を止めることが可能である。
詳細は、小職の漢方薬コラム(日経メディカル・「松田正の急性疾患にこそ漢方薬を!」の第3回「漢方で百日咳の咳嗽を1週間以内に止める!」)、或いは書籍「急性疾患にすぐ効く”特選“漢方薬」日経BP社2023年、をご参照下さい。
しかしながら、漢方薬を用いれば、3日以内に咳を3分の1に減らし、1週間程度で咳を止めることが可能である。
抗菌薬・抗生物質
- アジスロマイシン(AZM)
海外では5日間投与が一般的であるが、日本では保険適応が3日間のため、3日間投与することが多い。耐性菌が問題となっているが、肺炎と異なり百日咳の場合、菌から放出される「百日咳毒素」で咳が長く続くため、発症2週間程度の百日咳には抗菌薬を投与するが、発症1か月以上経過した百日咳には抗菌薬は処方せず、後述する漢方薬のみで治療している。 - クラリスロマイシン(CAM)
AZMは下痢の副作用が一定頻度いるため、その場合にはクラリスロマイシンを使用する。標準治療は2週間が推奨されているが、多くの場合、1週間投与でも不自由を感じることはあまりない。ただし、病初期のせきの止まり具合はAZMに比較するとやや劣る印象をもっている。漢方薬併用でも咳の改善が乏しい場合には、2週間投与する場合もある。 - ST合剤
日本小児科学会は最近になって耐性菌対策として推奨しているが、当院では使用を控えている。一番の理由は、咳を止めるのは漢方薬が主体で、抗菌薬はあくまで補助的な役割しかないからであるが、ST合剤の副作用の多さも気になっている。大学病院でST合剤が処方されても咳が止まらずに当院を訪れる患者さんも多く、抗菌薬の重要性は低いと感じている。
その理由として、呼吸器パネル検査で百日咳が陰性でも、百日咳抗体IgMや百日咳抗体IgAで百日咳と診断されるケースが数多く存在するが、恐らく百日咳菌自体はワクチン接種によって菌はほぼ駆逐されてはいるものの、百日咳毒素(PT)が存在し続けることで咳が残り、抗体価が上昇していると推量している。百日咳毒素には抗菌薬は効果がないため、漢方薬での治療に分があると考えている。
漢方薬
- 竹筎温胆湯(ちくじょうんたんとう)
現在の百日咳のせき治療で中心的な役割を果たす漢方薬である。5歳以上中学生までは、単独で投与し、3日間で咳を3分の1にすることが可能である。高校生以上成人の場合には、最初から竹筎温胆湯と麦門冬湯を併用することが多くなっている。と言うのも、5年ほど前までは竹筎温胆湯単独で治療出来ていた症例が多かったが、最近5年間は竹筎温胆湯と麦門冬湯の併用が圧倒的に増えており、百日咳菌の変異を推量している(百日咳菌は2-3年ごとに変異すると言われている)。
つい最近、1-2か月ほど前から、竹筎温胆湯と麦門冬湯の薬効が乏しい症例が散発するようになっていて、竹筎温胆湯と他の漢方薬を併用することも少しずつ増えており、百日咳菌の変異を漢方薬の薬効で感知できる可能性を現在探っており、来年の各種学会で発表予定である。 - 麦門冬湯(ばくもんどうとう)
10年前には、成人でも麦門冬湯単独で咳を止められた症例も多かったのであるが、5年前には10歳以下であれば何とか効果を認めていた。しかしながら、2-3年ほど前から5歳以下でのみ効果を認めるようになり、この現象も前述の百日咳菌変異によるものと推量している。漢方薬は薬効が落ちてきたときに他の漢方薬への変更が出来る選択肢が多いことも大きな利点と考えている。画一的な治療ではなく、症状を見ながら治療法を見出してゆくのは、漢方薬治療の醍醐味でもある。
麦門冬湯は非常に有名であるため多くの先生方が頻用しているが、気管支喘息で治療する場合、内服して10分程度で効果を認める即効性のある漢方薬である。そのため、3日間内服しても効果ない場合には、他剤への変更を考慮すべきと考えている。実際、当院では、「3日間内服して効果を感じない場合には、文句を言いに再度来院してください」と患者さんに伝えている。「感動しない(効果を実感できない)漢方薬は飲んではいけない」が当院のモットーである。 - 葛根湯加川芎辛夷(かっこんとうかせんきゅうしんい)
急性副鼻腔炎(蓄膿症)に良く用いられる漢方薬である。最近1-2年前から、百日咳患者の半数が鼻閉を訴えるようになり、副鼻腔炎合併例が増えている。麦門冬湯は、粘膜を潤す作用があるため、副鼻腔炎に使用すると悪化する可能性がある。そのため、百日咳と副鼻腔炎合併例には、竹筎温胆湯と葛根湯加川芎辛夷を併用することが増えている。これもまた、百日咳菌変異によるものと推量している。
ここ一年間で時々遭遇するのが、急性副鼻腔炎で耳鼻科において治療を受けた後に咳が出始めて、当院で百日咳と診断されるケースである。副鼻腔炎が完治したのに咳が悪化している場合には、百日咳の可能性が高いと考えている。