リアル百日咳の症状
- 初期症状は、咽頭痛、鼻汁、鼻閉が多い。38度以上の発熱を伴うこともある。発症後3日以内に咳が出始め徐々に悪化する。
- 咳の特徴として、「スタッカート咳嗽」と「せき嘔吐」がとても重要。ワクチン修飾によって、有名なレプリーゼは現在では非常に稀な症状となっている。
- 夜間の咳の悪化は約70%の症例に認められるが、約30%は夜ぐっすり眠れているケースも存在する。
- COVID-19やインフルエンザの検査が陰性で、咳が3日以上続く場合には百日咳を強く疑うべき。
- 百日咳ワクチンは0歳児の感染予防、死亡率低下に現在でも重要な役割を担っている。しかしながら、2歳以上成人までのワクチン接種者には発症予防よりも重症化予防の観点からの有用性が高く、症状が修飾されるため却って診断を困難にしている一因となっている。
- 「リアル百日咳」は決して珍しい病気ではなく、ありふれた疾患の一つであり、診断されていないケースがとても多いのではないかと推量している。
初期症状
百日咳の初期症状は「せき」と思っている方が多いと思います。確かに、いきなり咳が出て悪化するケースがあるにはあるのですが、百日咳は多くの場合、咳からではなく、咽頭痛(のどの痛み)、鼻汁(はなみず)、鼻閉(鼻づまり)から始まります。加えて38℃以上の発熱を伴うことも約30%の症例で認めるため、COVID-19、インフルエンザ、溶血性連鎖球菌感染症(溶連菌)、そして感冒(かぜ)の初期症状にとても似ていることに気付かされます。
そのため、咳が出る前の発症早期に医療機関を受診すると、COVID-19やインフルエンザの抗原検査・PCR検査、或いは溶連菌迅速検査を実施され、結果が陰性だと「かぜ」と診断されやすい原因となり得ます。百日咳の「せき」はこの初期症状の数日後(1~3日後)から出始めて徐々に悪化してゆくため、咳がひどくなって再度医療機関を受診しても、また「かぜ」と言われて同じ処方が繰り返される構図が浮かび上がります。
「かぜ」と診断を受けてから3日以上咳が続く場合には「リアル百日咳」を強く疑います。この様な症状は良く経験すると思いませんか?そうなんです。百日咳は決して珍しい病気ではなく、ごくありふれた疾患(common disease)の一つであることが当院の研究で判明しています。
咳の特徴
百日咳の「せき」には2つの特徴があります。
一つ目は「スタッカート咳嗽(がいそう)」で、一度咳が出始めるとしばらく続き、一旦止まるとしばらく止まる、と言う咳の繰り返しです。そして日を追うごとに咳の持続時間が長くなり、それが悪化すると二つ目の特徴である「せき嘔吐」、咳が続いた後に嘔吐する状態に移行してゆきます。
この二つのせき症状があれば、百日咳としてほぼ断定できるほど重要な症状です。昼間よりも夜間に咳が悪化するのも重要な特徴です。ただし、実際に夜間に悪化する症例は60-70%程度で、夜ぐっすり眠れている百日咳患者さんも30%程度存在するので、「夜に咳が悪化しないなら百日咳ではない」と決めつけるのは早計です。
一方で、医療従事者の頭にある「古典的百日咳」の症状は、感冒症状が1週間ほど続く「カタル期」の後に「痙咳期(けいがいき)」に移行し咳が悪化。けいれん性の咳発作となり、有名なレプリーゼ・笛性音(長い咳込みの後にヒューと言う笛の様な音を伴う吸気)を呈する。発熱はなく、けいれん性の咳が増悪すると無呼吸、チアノーゼなどを呈し重症化することもあるが、滅多には遭遇しない珍しい病気、と言う印象だと思います。
当院ではたくさんの百日咳患者さんを早期診断・早期治療していますが(年間400例以上)、レプリーゼの症例は10年間で2例しか遭遇したことがありません。
百日咳ワクチンによる修飾とは?
なぜこんなに「古典的百日咳」と「リアル百日咳」の症状が変化しているのでしょうか?その原因は、「百日咳ワクチン」による修飾(ワクチンの効果で症状が軽く済む状態)に由来します。日本では多くの方が0歳から1歳までの間に「百日咳ワクチン」を4回接種されています。「百日咳ワクチン」を聞いたことがない方もいるかもしれませんが、3種混合ワクチン、4種混合ワクチン、現在では5種混合ワクチンの中に「百日咳ワクチン」は入っています。教科書に記載のある「古典的百日咳」は、ワクチン接種をしていない患者さんが罹患した時に起こる症状の経過です。
現在ではほとんどの患者さんがワクチン接種を受けた後に百日咳に罹患するため、「カタル期」はワクチンで3日以内に短縮され、時に「カタル期」の欠如した病初期から咳が出る症例もありますが、レプリーゼはほとんど見られない、これが「リアル百日咳」の特徴です。夜間の咳嗽が約30%の症例で抑えられているのもワクチンの修飾によるものと考えられます。
ワクチンによって百日咳の重症化を防げていること自体はとても良いことなのですが、症状が軽減されることで「リアル百日咳」の診断がより困難となっている側面も垣間見ることができます。ただし、病初期での鑑別は難しくても、一旦咳が出始め、特徴的な「スタッカート咳嗽」や「せき嘔吐」を認めれば、百日咳を疑うのにさほど困難を感じることはないと考えています。